2017/3/19 日曜日

受難節第3主日礼拝

Filed under: 今週の礼拝 — 進 @ 10:30:49

受難節第3主日礼拝

受難節第3主日礼拝  午前10:30
                   司会・説教:秋葉正二
                         奏楽:中村今日子

前    奏  (黙祷)
招    詞  ルカ9,62
讃 美 歌  300(十字架のもとに)
交    読  詩編34,16-23(讃,巻末p.36)
旧約聖書  列王記上19,19-20 (旧p.566)
新約聖書  ルカ福音書9,57-62 (新p.124)
祈    祷
説    教  「わたしに従いなさい」
祈    祷
讃 美 歌  510(主よ、終わりまで)
献    金
主の祈り  93-5A
頌    栄  29 (天のみ民も)
祝    祷
後    奏			

  • 教会学校 9:00「門は開く」(マタイ7,7) 鈴木伶子
  • オリーブ会(CS分級時) A会議室

 

本日の集会

  • 「壮年会」 八木重吉詩集その1〜 発題:松山正男」B会議室
  • 「ガリラヤ会」 総会 A会議室

 

今週の集会

  • 祈り会 3月22日 10:30-11:30 A会議室

 

次週礼拝等(2017年3月26日)予告

  • 受難節第4主日礼拝
    聖書:詩編94,17-19,コリント二 1,3-7
    説教:「悩み苦しみが慰めと救いに」
    司会・説教:秋葉正二
    奏楽:鈴木伶子
    讃美歌:298, 412, 24
  • 教会学校 9:00「主と共に」(ヨシュア1,9) 秋葉正二
  • 「9条の会」 礼拝後、A会議室

 

集会予定等(詳細は掲示でご確認ください)

(教会内)

  • 「定期役員会」 4月2日(日) 礼拝後、A会議室

(教会外)

  • 院内集会「レイシズム・イン・ジャパン−今、何が求められているのか」 3月22日(金)14:00-16:00 参議院議員会館 101号室 (申込要)
  • 「首相官邸前でゴスペルを歌う会」 3月27日(月) 18:00より 総理官邸前交差点

 

役員会よりのお知らせ

  • 新防災用品を階段室に備蓄。一覧表、貼出済。
  • 今年のイースターは4/16(日)です。「イースター礼拝」はCSとの合同です。礼拝後に、CSも一緒に「イースター愛餐会」を持ちます。お料理一品を持ち寄る立食形式(座る席もあり)です。
    準備がご無理の方は献金箱を用意しますので、自由額をお入れください。
    お料理は大げさなものでなく、普段お好みのもので結構です(卵焼、きんぴらごぼう、サラダ、ハム・ソーセージなど)。3,4人前をお持ちくださると助かります。ご無理のないようにお願いします。
    ご挨拶や歓談など楽しくイースターをお祝いする交わりの時といたしましょう(なお、CSイースターフェスタはありません)。後ほど詳細案内を配布いたします。
  • 「教会総会」は4/23(日)です。委員会等、各担当者は3月末までに報告書作成をお願いします。
  • 西南支区総会は無事終わり、支区三役は再選されました。
  • 廣石牧師、本日東京台湾教会でご奉仕です。

 

牧師室から

椎名麟三と遠藤周作
 
 椎名麟三(1911-71)と遠藤周作(1923-96)はプロテスタントとカトリックの信徒であり、戦後の日本文学を代表する作家である。二人の入信への動機は全く異なっている。前者は労働者で宇治川(現在の山陽)電鉄車掌から労働組合幹部を勤めていた1931年に治安維持法により逮捕され、3年間獄中生活をした中で「ニーチェ」と「ドフトエフスキー」を介してキリスト教に触れる。出所後、赤岩榮牧師と上原教会を訪ね、1950年に洗礼を受けている。遠藤周作は10歳まで大連で過ごしていたが、両親の離婚により母親に連れられて神戸に住み、世話になった伯母の半強制により受洗したと言う。これが終生彼のコンプレックスになり、その意識により「個」の確立を目指さなければならなかった。それが「転び」と云う契機を内に秘める信仰者への執着となり、1966年に『沈黙』を生み出している。両者の違いは聖書の復活に関する記述に対する姿勢に良く現れている。

椎名は組合運動の中で同士に裏切られて入獄し、自らも拷問の苦しみの中で裏切りの危機に晒されながら、聖書のイエス受難物語に触れていたく感動する。赦し難い状況にあってもなお赦すイエスの「ユーモア」に救いと再生、復活信仰を受容する。椎名はイエスが正真正銘復活しなければ、「自分も救われない」と云う。「私はイエスの復活を信じるという仕方で救われることを望んでいる」と口癖のように告白している(『私の聖書物語』1957)。

遠藤は聖書の復活物語をイエスが死後「神の子」として神格化されるに至った経緯を、荒井、田川などの聖書学に同調して生前のイエスとは切り離している。『死海のほとり』や、『イエスの生涯』はその視点でイエスを描いている。しかし、キリスト教にとって復活は無視できない問題であり、彼は荒井、田川の線で『キリストの誕生』を書くことになった。「転び」の危機を乗り越えて信仰に至った椎名と、「転び」から新しく生きるところに信仰を模索する遠藤の違いがある。「九条の会」で治安維持法と共謀罪を見つめながら更に論を進めたい。                      陶山義雄

 

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