2018/12/16 日曜日

降臨節第3主日(アドベント第3)

Filed under: 今週の礼拝 — 進 @ 10:30:34

降臨節第3主日(アドベント第3)

降臨節第3主日礼拝    午前10:30
(アドベント第3)
      司会・説教:秋葉正二
      奏楽:森 友紀

クランツ点灯  CSの皆さんによる点火(讃美歌242番1-3節を一同で)
前    奏  (黙祷)
招    詞  イザヤ40,3-10
讃 美 歌  234(ヨルダンの岸で)
交    読  詩編33,1-15(讃美歌21巻末 「交読詩編」p.34)
聖書朗読  イザヤ53,1-5 (旧p.1149)
      ヨハネ福音書1,19-28 (新p.163)
祈    祷
説    教  「荒れ野で叫ぶ声」  秋葉正二牧師
祈    祷
讃 美 歌  513(主は命を)
献    金  感謝祈祷:礼拝当番
主の祈り  93-5A
頌    栄  25(父・子・聖霊に)
祝    祷
後    奏
			

  • オリーブ会 本日は休会です。

 

本日の集会

  • 「臨時教会総会」 礼拝後、会堂
  • 「聖歌隊練習」 礼拝前、A会議室
  • 「ガリラヤ会」 教会総会後 A会議室

 

今週の集会

  • 祈り会 12月19日(水) 10:30-11:30 A会議室
  • 「教会サロン」 12月20日(木) 19:00〜 A会議室 〈戯れ言夜会のこと終わり・店じまいパーティー〉

 

次週礼拝等(2018年12月23日)予告

  • クリスマス礼拝 (アドベント第4主日)
    聖書:イザヤ書 11,1-8ルカ福音書 2,15-20
    説教:「エッサイの根からひとつの若枝が」
    説教:秋葉正二
    奏楽:中村今日子
    讃美歌:262, 67, 257, 26
  • 教会学校 8:45〜「クリスマス劇ゲネプロ」会堂
    9:30「羊飼いへの知らせ」(ルカ福音書 2,8-17) 秋葉正二
  • クリスマス祝会 12:00-14:00 会堂(食事の用意があります。受付でお申込みください)
  • CSクリスマス祝会 14:45-16:00 会堂

 

集会予定等(詳細は掲示でご確認ください)

(教会内)

  • 「聖夜燭火礼拝」「聖夜ミニコンサート」「キャロリング」 12月24日(月)17:00〜

(教会外)

  • 〈安倍改憲NO!辺野古新基地建設は断念を!〉 12月19日(水)18:30〜 衆議院第議員会館前
  • 〈憲法9条を壊すな!街宣行動〉 12月22日(土)15:00〜16:30 JR新宿駅南口

 

お知らせ

  • 2017年4月から「祈り会」の聖書研究で学んできた「ヨハネ福音書」のレジュメ(60回分) 30部を印刷しました。ご希望の方に差し上げます。秋葉牧師までお声をおかけください。
  • 今週の牧師面会日 土曜日13:00-16:00

 

牧師室から

 先日、新聞で久しぶりに懐かしい名前に出会った。「宮崎・土呂久ヒ素公害」。水俣病に並ぶ大公害である。高千穂町にある土呂久(とろく)の山で鉱石の精錬技術を教えたのは戦国時代の宣教師であったとも言われる。1920年からは亜ヒ焼が行われるようになり、日中戦争以後は毒ガスの原料として亜ヒ酸が盛んに製造され、瀬戸内海の大久野島に送られた。戦後、一人の小学校教師が土呂久集落で苦しむ人たちの家々に通い、亡くなった人の死因や病人の病名を手書きの地図に書き込み、教員の研究集会で発表し、戦前から人知れず続いていた亜ヒ酸鉱山による健康被害を告発した。やがて医師や弁護士なども救済に動くようになる。

 私が車で土呂久を訪れたのは30年前。九州教区宣教部委員であったが、委員長の犬養光博先生から「土呂久には川原さんという元新聞記者がいる」と聞いていたことによる。同じ世代の川原さんから現場研修をしながらお話を伺ったが、事態の大きさに圧倒され、語る言葉がなかった。川原さんは北九州で朝日新聞の記者をされていた方だが、土呂久の取材をきっかけに、生活の安定した新聞記者を辞められ、宮崎に移り住み、患者の救済活動にのめり込んでおられた。小さな塾を生業として開きながらの活動である。地方ではこうした生き方を選択する人たちに出会えるのである。

 土呂久集落はV字谷にある。山では簡単な石垣作りの窯でヒ素を含む鉱石が燃やされ、焼きがらは川に捨てられたため、ヒ素や重金属は周辺に垂れ流しとなって、集落の人たちを皮膚、呼吸器、神経などの障害へと追いやった。土呂久には朝鮮人強制連行の歴史もあり、九州教区宣教部ではその問題にも関わっていた。県や国はなかなか公害を認めなかったが、やがて九州大学医学部から健康被害に最も重要な役割を果たしたのはヒ素であるとの所見も出て国も公害を認めざるを得なくなる。患者たちは15年の裁判闘争を続け、1990年に全面勝訴を勝ち取った。最高裁から和解へとなり、被告の鉱山会社から見舞金が支払われたが、責任がうやむやとなったのは残念である。しかしその間に「公害健康被害補償法」が成立した意味は大きい。川原さんは現在フィールドをアジアに広げ、土呂久での活動経験を生かしながら、バングラディッシュにヒ素センターを開設して、アジア各地のヒ素汚染解決に取り組んでおられる。

 世の中にはキリスト者ではないのに、「これぞキリスト者!」と名指ししたい人たちがたくさんいる。私たちキリスト者は理屈だけでなく、実際そうした人たちのように生きたいものである。土呂久関連記事から自省を促された。       秋葉正二

 

コメント (0)

この記事にはまだコメントがついていません。

コメント RSS

現在コメントフォームは利用できません。

HTML convert time: 0.221 sec. Powered by WordPress ME