2019.11.17

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「主人は何をするだろうか」

廣石望

イザヤ書5,1-7マルコによる福音書12,1-11

I

 人が作るもので、この世に永続的なものはありません。私たち一人ひとりもやがては死にます。人が作る制度も同じで、例えば国家にも存亡の歴史があります。この世界そのものにも終わりがあるという教えが聖書にあり、終末論と呼ばれます。

 教会暦では、待降節(アドヴェント)前の今の季節を「終末」という語で呼びます。キリストの到来が、この世界の終わりをもたらすという意味です。積極的に言えば、キリストは世界の目標かつ完成です。

 キリストの到来は、どのような意味で世界の終わりなのでしょうか? また、歴史を歩む神の民の行方はいったいどうなるのでしょうか? ごいっしょに考えましょう。

II

 「葡萄園の悪しき農夫たち」の譬えは、ユダヤ民族とキリスト教会の関係についての、ある特殊なキリスト教的理解の典拠のひとつとされてきました。それは「神の民」の身分をめぐるものであり、「置き換え」説とか「交代」説と呼ばれます。すなわち一方で、ユダヤ民族は神の息子イエスを殺害したことが理由で神から報復されて滅亡し、「神の民」の身分を喪失しました。他方で神は息子イエスを復活させ、彼を「隅のかしら石」に据えた新しい建造物、すなわちキリスト教会を建てることで、新しい神の民を創設しました。こうして、かつてはユダヤ人が神の民イスラエルであったが、それが今やキリスト教徒によって「とって代わられた」という理解です。

 具体的には第一ユダヤ戦争の結果、AD 70年に、エルサレム神殿がローマ軍によって破壊され、神殿体制もろとも王家を含む国家体制が崩壊したことが、イエス殺害に対する神の懲罰と理解されました。

 マルコ福音書に現在あるかたちの「葡萄園の悪しき農夫」の譬えは、そうした理解を前提しています。つまり譬えの主人は神、農夫たちはイスラエルの民ないし指導者たち、繰り返し派遣される奴隷たちは指導者によって虐待された預言者たち、主人の一人息子は神の息子イエス・キリストであり、主人による農夫の殺害がユダヤ国家の崩壊、隅の頭石が復活者キリスト、そしてキリストを中核とする新しい建造物がキリスト教会である、という理解です。

 イエスはAD30年頃に死にましたので、現在あるかたちの譬えは、約40年後のできごとをイエスが預言したことになります。もっとも学問的には、これはできごとが生じた後、そのことを受けて形成された理解を福音書の主人公イエスの口に入れたもの、つまりじっさいには「事後預言」であろうと言われています。私はイエスが神殿崩壊を確かに預言したと思いますが、それでも自らの復活とキリスト教会の設立は、歴史的なイエスの自己理解の外側にあったことでしょう。

 ユダヤ戦争の敗北がイエス殺害に対する神罰であるという理解、また、そのイエスを復活させることで神が新しくキリスト教会を設立したという理解は、歴史的存在としてのイエスには遡りません。とりわけ前者の理解は、ユダヤ戦争後の混乱期に、主流派のユダヤ教から異端視され、迫害されたキリスト教共同体の切羽詰まった状況の中で、ようやく形成されたのでしょう。

 しかし後のキリスト教会は、自らが多数派となっていく中で、ユダヤ民族の全体に「キリストの殺害者」という烙印を押し続けてやまない反ユダヤ主義を生み出しました。また、近代の西欧列強は、この譬えを用いて植民地に対する暴力的な統治権を正当化しました。現地住民による抵抗や闘争は、悪しき農夫たちの暴力行為と同一視され、自分たち宗主国による武力弾圧を、ユダヤ人を滅ぼした神の懲罰に等しいものと見なしたのです。こんなことをする国、こんな説教をする教会はやがて滅びるでしょう。

III

 他方で、葡萄園の悪しき農夫たちの譬えは、明らかに、古代地中海世界の大土地所有と葡萄園経営という経済活動を背景にしています。古代の農業に関する著作やパピルス文書からは、そこに様々な社会問題があったことが知られます。

 例えば、外国人の不在地主による大土地所有、小作人による小作料の不払いや減額要求、管理人に対する暴行行為、葡萄園の横領、あるいは土地を失った自作農たちの没落や困窮などです。現代でいえば労働争議、またグローバル化した多国籍企業が第三世界で引き起こす問題に近いものがあるように感じます。

 このような「反植民地」的な視点からイエスのストーリーを読む者たちの目には、「悪しき」農夫たちがじっさいには自らの生存権をかけて大地主と闘っている一方で、主人の側は使者たちや息子を使うことで、地方裁判所をすっ飛ばして超法規的に所有権を行使しているように映ります。どうも、葡萄園の主人が本当は「悪しき」存在であるような気がしてきます。

 それでも私の見るところ、譬えの主人はそこまで悪辣な存在としては描かれておらず、他方で農夫たちの暴力のエスカレーションは、彼らの境遇はどうあれ、やはり度を超えていると見えます。

IV

 主人による農夫たちの殺害と「隅のかしら石」についての詩編引用がイエスの死後に付加されたとして、これらをひとまず外してみるとどうなるでしょう。

 その後に残るのは、次のようなストーリーです――〈ある人が葡萄園を造園して、農夫たちに小作に出して旅立った。そして主人が小作料をとるために複数の使者を派遣したが、農夫たちは使者たちを空手で主人のもとに送り返したり、虐待したりした。他方で、主人も諦めなかった。主人はついに「私の息子なら敬うだろう」と息子を派遣したが、農夫たちは「こいつを殺せば相続は私たちのものになるだろう」と考えて、息子を殺害した〉。

V

 この譬えは「主人と奴隷」のタイプに属し、その基本パターンは、主人が奴隷になにごとかを「委託」し、それを受けた奴隷が使命を「遂行」し、最後に主人がやって来て肯定的ないし否定的な「評価」を下すという3ステップから成ります。今回の場合、葡萄園の造園と小作貸付が「委託」に、また農夫たちによる(言及されない農耕活動と)小作料の支払いが「遂行」に当たりますが、主人が息子を含むお使いを何度も派遣する一方で、農夫たちは使者たちを虐待し続けるので、「遂行」がいつまで経っても終わらず、主人による「評価」に移行しないという構造になっています。

 つまり中間の「遂行」の部分で、「彼らは私の息子を敬うだろう」という主人の期待と、「相続は私たちのものになるだろう」という農夫たちの期待が互いに競り合いつつ、緊張が頂点に達したところで、ストーリーはぷっつり途切れます。

 この場合、それこそ「主人は何をするだろうか?」という疑問が湧いてきますが、イエスはまさにこの問いを聴く人々に突きつけた。つまり神の呼びかけに応答するよう、人々に呼びかけることで、イエスは譬えを終えたことになるでしょう。その通りだろうという学説もあります。

VI

 ここから先は想像でしかないのですが、聖書の伝統にある複数の「葡萄園の歌」を見ると、もしかすると現在あるかたちの福音書本文からは失われた「解決」があったかもしれません。「葡萄園の歌」はそれぞれ独自な仕方で、イスラエルの神とその民の関係を主題化します。二つの対照的なパターンをご紹介しましょう。

 第一のパターンは悲劇的なプロットのもので、イザヤ書5章の有名な歌がこれを代表します。すなわち神はイスラエルに「正義と公正」を望んで葡萄園を造園したが、民族は「腐った葡萄」つまり「流血と叫喚」をもたらしたので、神は懲罰として民族を廃棄すると歌われます。要するに審判預言ですね。現在あるマルコ版のイエスの譬えは、イザヤ書の造園描写を語彙のレベルでも真似ています。また、主人が農夫たちを「殺す」とあるように、明瞭に懲罰のパターンに属します。

 しかし、イエスの譬えが元来そうであったとすると、何度使者たちが虐待されても、また殺害されても、農夫たちへの信頼を諦めなかった主人の基本姿勢との落差が大きすぎると感じられます。

 第二のパターンは、これとは対照的にハッピーエンド型で、『ヘルマスの牧者』と呼ばれる1世紀末から2世紀初頭にかけて成立した初期キリスト教文書に現れます(譬え5,2,2 -11)。ある主人が一人の奴隷を選んで葡萄園の管理を託し、よく働けば身分を解放すると約束して旅立ちます。そして帰郷すると、奴隷が命じられた以上にみごとに葡萄園を手入れしたのを見て、主人は大いに喜び、彼を奴隷身分から解放するのみならず、実の息子と並ぶ共同相続人にまで指名しました

 もちろん、『ヘルマスの牧者』の奴隷が主人に対して期待以上に忠実である一方で、イエスの譬えの農夫は正反対に反抗的かつ暴力的です。それでも「相続」の主題が共通していることが注目されます。

VII

 さて、「主人は何をするだろうか」――もし、イエスの元来の譬えに「解決」場面があったとしたら、(a)息子が殺害されると態度を豹変させて報復に出る、あるいは(b)農夫たちへの信頼をさらに強化する、のどちらかであろうと思います。

 それは、何にせよ思いがけない解決であったろうと思います。イエスの譬えには、思いがけない法外な展開が特徴的です。帰郷した放蕩息子のために、パーティーが開かれることはふつうありません(ルカ15,11以下)。短時間労働者が1日分の給与をもらうのは悪平等です(マタイ20,1以下)。天文学的な負債の返済が猶予されるのみならず、まったく帳消しにされるのは夢物語です(マタイ18,21以下)。また元来の招待客たちが全員ドタキャンし、道端から代理客を呼び込んで盛大な宴会をするホストは、ふつういません(ルカ14,16以下並行)。さらに傷ついた旅人を助けるのが、あろうことかサマリア人であるという演出は、ユダヤ人の聴衆にはさぞ不愉快であったことでしょう(ルカ10,30以下)。

 ならば(b)に即して、「主人は来て農夫たちに葡萄園を贈り与え、彼らを相続人に指名した」というような解決場面を想定できるかもしれません。こうすれば主人は新しい相続人を見出し、農夫たちの希望も叶います。「息子」はもともと主人の最後の代理人であり、その殺害は後になってイエスの処刑に関連づけられたのではないでしょうか。

 この思いがけない解決には、平和的な機能があります。社会に潜在的な暴力のポテンシャルを、空想の領域でガス抜きするものだからです。またそこには、反逆に対して処罰でなく贈与で対応する、という神についての新しいイメージが含まれます。イエスは、もちろん神の審判についても語りました。それでも罪人の無条件な赦しが、イエスの「神の王国」宣教の中核です。

 このイエスの平和的で創造的なイマジネーションは、しかし、後に生じた戦争と国家崩壊という大きな衝撃によって吹き飛ばされたのでしょう。イエスの語った思いがけない解決はもはや時代に即さないものとなり、とりわけ出身母体であるユダヤ教による迫害の中で、神の怒りの暴力つまり正当な復讐という伝統的な観念の下に塗り込められてしまったのだろうと思います。

VIII

 70数年前、私たちも一度国家を失いました。そのことを私たちの教会は、戦争責任告白によって捉えています。

教会は、あの戦争に同調すべきではありませんでした。……しかるにわたくしどもは、教団の名において、あの戦争を是認し、支持し、その勝利のために祈り努めることを内外にむかって声明いたしました。まことにわたくしどもの祖国が罪を犯したとき、わたくしどもの教会もまたその罪におちいりました。

 この告白では、さらに「世界の、ことにアジアの諸国、そこにある教会と兄弟姉妹、また我が国の同胞に心からのゆるしを請う」と言われますが、そのさい日本の敗戦が、国家ないし教会に対する神の正当な懲罰であるとは言われません。詳しい事情は知りません。しかし仮にそう言われていたならば、戦勝国の暴力を、つまり非武装の住民に対する絨毯爆撃や原子爆弾の投下を「神の暴力」として正当化してしまう危険性があったろうと感じます。

 マルコ福音書は、復活者キリストをさして詩編の言葉を引用します。

家を建設する者たちが廃棄した一つの石、それが隅の頭(石)になった。そのことは主の側から生じた。そして私たちの目(複数形)にあって驚異である(詩118,22-23)。

 新しい家は、人々から廃棄されるという意味では「終わり」を宣告された者を、神が新しく用いることで作られます。この世界には経済的繁栄や正義の戦争を、中央政府による言論統制や外国人排除を、あるいは特定の家系の高貴な血統を誇る傾向があります。しかし、キリストの到来は、そうした誇りに「終わり」をもたらすでしょう。

 主イエスよ、来ませ。そして、ただ神にのみ栄光あれ!


 
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